或る物書きの英語喉と小説まみれのジャズな日々

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ビートルズ革命の黎明を告げた楽曲プリーズ・プリーズ・ミーは録音前はバラードだった

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ビートルズ画像

 

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リバプールの悪ガキたちが大舞台に

 

リバプールの音楽好きな悪ガキたち「ビートルズ」が、バンドでの地道なライブ活動からひときわ大きい舞台に上がったのは、1962年10月5日のイギリスでのファースト・シングル「ラブ・ミー・ドゥー」のリリースによってだった。

 

ジョンが書いたこの曲は、ミュージック・ウィーク誌「トップ50」の最高位で17位を記録し、デビューシングルにして高い評価を得た。しかし17位どまりである。彼らの潜在能力からすれば、デビューシングルとはいえ過小評価とも言えるだろう。

 

ところがセカンドシングルは違った。はやくもこれから勃発する「ビートルズ」というスケールの大きい音楽・カルチャー革命の幕開けをはっきりと告げたのは、このセカンド・シングル「プリーズ・プリーズ・ミー」であった。

 

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ジョージ・マーティンの助言抜きでは生まれなかった大ヒット曲

 

1963年1月11日にイギリスでリリースされた「プリーズ・プリーズ・ミー」はメロディー・メーカー誌「シングル・トップ50」で1位、ミュージック・ウィーク誌の「トップ50」で最高位2位を飾ることになる。

 

この曲のヒットは、アルバム・デビューが急遽現実化し、またサード・シングル「フロム・ミー・トゥ・ユー」でミュージック・ウィーク誌「トップ50」における7週連続1位という大記録の樹立につながる、いわばターニングポイントであった。

 

このヒットの要因として、ビートルズの溢れんばかりの魅力と才能、勢いはもちろんのこととして、特筆すべきは「5人目のビートルズ」ことプロデューサー、ジョージ・マーティンの目利きと才覚がなせるわざでもあったのだ。

 

そうはっきりと言えるのは、実は元々の「プリーズ・プリーズ・ミー」はバラードのアレンジだったのを、マーティンのアイデアで彼らがアップテンポに仕立て変えてこその大ヒットだったからだ。

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このバラードのままでは売れない

 

デモ・テープ段階の「プリーズ・プリーズ・ミー」をなんども繰り返し聴いたジョージ・マーティンは、ビートルズのメンバーに言った。

 

「メロディはとても良いのだが、このようなバラードのテンポのままではこの曲はヒットしない。テンポをもっと早めてみないか?」

 

彼らはすでにプロデューサーとして大物と呼べる実績を誇っていたジョージ・マーティンを信用して、その曲をアップテンポに改良した。それだけではない。ジョンによるハーモニカも付加された。

 

コーラス・ワークも念入りに再構築され、どんどんビートルズらしさに彩られてゆく。マーティンはビートルズがアレンジの改良が整ったという報を聞き、初披露のバージョンを試しに録音してみた。

 

録音が終わるやいなや録音されたものを聴くまでもなく、興奮したジョージ・マーティンが彼らに告げた。

「大傑作が生まれた!大ヒット間違いなしだ!」

 

マーティンの予告通り、ヒットチャートのトップを飾ったこの曲は、アルバム・デビューの足掛かりとなった。

 

次の動画はアメリカ・ツアーの中で「プリーズ・プリーズ・ミー」を演奏するライブ映像である。あれほどの狂喜渦巻く大歓声の中で、しっかりしたクオリティの演奏をこともなげにこなしている。

 

ビートルズが演奏力が低いと言う訳知り顔の輩がたまにいるが、とんでもない。彼らがみっちり3年以上、来る日も来る日もライブ・ハウスの生演奏で鍛え上げられたライブ・バンドとしての実力がわかる映像だ。

 

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極めて音楽性が高いアレンジ

 

ビートルズは、音楽理論など知らなくても、自分たちの感覚だけで高度に音楽的な作曲やアレンジを涼しい顔でやってのける。この曲でもそういう部分があり、楽曲の個性を出す役割を果たしている。

 

それは何か?

ジャズ理論で「ペダル・ポイント」、クラシックでは「繋留音」と呼ばれる技法がさりげなく使われているのである。

 

わかりやすく言うと、メロディおよび和声(コード)が進行していくにも関わらず、当初の和声内にある特定の音がそのままの音程で持続される状態である。

 

これによって持続される音は当初は協和音であっても途中から不協和となる局面もそのまま存在しつつ通過し、また協和の状態に入る。

 

この経過によって、聴くものはハーモニーに対する緊張感が徐々に高まり、緊張がピークに達した直後に緊張が解ける協和音が出現するので、いわばこの5、6秒の間に緊張と緩和、スリルと心地良さを体感する。

 

それ自体は小さい感覚の動きではあるが、それが繰り返され、他にもそれに類する音楽的起伏があるので、曲を通して聴くと大いに気持ち良く感じるのだ。

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若きポールから湧き出ずる理屈抜きの音楽センス

 

冒頭の「Last night I said these words to my girl」の部分で、リード・ボーカルであるジョンの主旋律の動きとは対照的に、ポールはひたすらひとつの音程のまま、ジョンと同じフレーズを同じリズムで歌っている。

 

ジョンの歌うメロディの動きに対して、動かない音程のままのポールの力強いコーラスパートは、メロディの変化、コードの進行の中で緊張感を生み、やがてまた心地よいハーモニーに戻る。
 

他のコラムで取り上げた「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」で若きポール・マッカートニーが、サブドミナント・マイナーの平行調のコードを使ったのと同様、理論を知らなくても高度に音楽的なアレンジをすることは驚愕に値する。

 

しかも、理屈抜きにサウンドとしてかなりクールなのだ。

 

セカンド・シングル「プリーズ・プリーズ・ミー」は、その後8年間でおこなわれて以降、半世紀を経てもなお音楽好きの心を奪い続ける、進行中の「ビートルズ革命」の黎明を高らかに告げる鐘を打ち鳴らした。

 

 

※『Please Please Me』フル・プレイリスト

 

 

 

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