或る物書きの英語喉と小説まみれのジャズな日々

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ローリング・ストーンズと名付け親マディ・ウォーターズ!伝説の熱いライブでのミック・ジャガーの魂のブルースにストーンズファンは唸るしかない!

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ローリング・ストーンズのバンド名のネーミングは、シカゴブルースの大御所であるブルースマン、マディー・ウォーターズ(Muddy Waters)の曲、"Rollin' Stone" にちなんで付けられた。命名したのはバンドの初期のリーダーであったギタリスト、後に脱退し非業の死を遂げるブライアン・ジョーンズだ。

ストーンズ画像

https://busy.org/@majes.tytyty/baby-please-don-t-go-muddy-waters-rolling-stones-blues-music-to-your-ears-18

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さて、本年(2019年4月)に心臓手術を受けるも、術後たった2週間で恢復の兆しをまざまざと見せつけるダンス動画をインスタグラムで公開し、76歳とは到底信じられない不死身ぶりを披露したのは、ローリングストーンズの"霊長類最高にイカした不良"ミック・ジャガーだ。

 

www.instagram.com

 

現在のローリング・ストーンズのメンバーは

ミック・ジャガー(ボーカル)

キース・リチャーズ(ギター)

ロン・ウッド(ギター)

チャーリー・ワッツ(ドラムス)

 

オリジナルメンバーはミックとキースのふたりである。ちなみにキーボードやベースもサウンドには欠かせないが、折々のサポートメンバーになり、固定されていない。

バンドとしてはがっつり気心が知れた面子だけでいこうぜ、と言ったところか。

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そのローリング・ストーンズの音楽のベースは黒人音楽、なかんずくブルースとR&Bであるのは周知の通りだ。

 

これはバンド結成以来ずっと変わらぬ彼らのコンセプトである。あまたのロックバンドの中で非常に息の長い音楽活動を続けられているのは、彼らの魅力もさることながら、一貫したブルース愛に貫かれた楽曲が、ブルースを知らないファンも含めて聴く者の心の琴線に触れる"ソウル"を湛えているからであろう。

 

だからブライアン・ジョーンズが去った後も、彼らの胸には常にブルースがあり、彼らの師匠がマディ・ウォーターズであることにはいささかの変化もなかった。

 

マディの渋くて深みのあるボーカル、豪快なギタープレイ、時にはボトルネックを使った燻し銀の演奏は素晴らしく、ストーンズのみならず、影響を受けたミュージシャンは数知れない。

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ざっと公言されているだけでも、エリック・クラプトン、バッド・カンパニーのポール・ロジャース、フリートウッドマック、ロリー・ギャラガー、ジョン・メイオールなどが挙げられる。

 

マディ・ウォーターズの "Rollin' Stone" を聴けば、ストーンズのブルージーなロックンロール音楽に通じるソウルを感じられるのではないだろうか。

 

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さて、そんなローリング・ストーンズが、ブルースマン、マディ・ウォーターズと最初で最後の共演をしたのは1981年11月22日の事だ。シカゴのチェッカーボードラウンジにおけるマディのステージでのひと幕であった。

 

シカゴのサウス・サイドにあるチェッカーボード・ラウンジは、ブルース系の人気ライヴ・スポットだった。ちなみに近くには、オバマ元大統領の住居がある。

 

ローリング・ストーンズはこの前日21日にミネソタ州のセントポールでコンサートをおこなった。そしてシカゴにおいて、ローズモント・ホライゾンで翌日の23日から3回の公演をおこなう予定でもあった。

 

当日の夜、彼らはオフをとる代わりにチェッカーボード・ラウンジに足を運んで、マディ・ウォーターズを表敬訪問することに決めていた。

 

チェッカーボード・ラウンジのオーナーだったL・C・サーマンによれば、その1週間前にストーンズのロードマネージャーが訪れてきて、ストーンズがこの店でマディ・ウォーターズとセッションを希望していると告げたのだ。これをオーナーは受けた。

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ライヴの前日には、B.B.キングと並び称されるブルースギタリスト、バディ・ガイや同じくギターのギタリストのレフティ・ディズ(左利きの奏者)、そしてブルース・ハープの名手ジュニア・ウェルズにも声が掛けられ、豪華な顔ぶれのぶっつけ本番セッションが予想された。

 

満を持してステージが始まると、途中からストーンズのメンバーが客席に分入って座り、マディのブルースを楽しんでいた。しばらくするとマディは突然、ミック・ジャガーにステージから声を掛けた。上がってくるように呼びかけたのだ。

 

照れながら登場し、最初は緊張感を漂わせながら歌う若き日のミックが見られる。盛り上がるにつれ、マディはキース・リチャードにも声を掛けてステージに昇らせた。いつものように、くわえ煙草のいなせな風情でギターを奏でるキースはクールだ。

 

やがてロン・ウッドも呼ばれ、その頃になるとミックの緊張も解け、ノリノリのブルース大会の様相を呈して、しばらくセッションは続いた。夢の共演は彼らにとっても忘れ得ぬひと夜の饗宴となったのだ。

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このライブを収録した公式DVD(CD付き)も市販されているが、YouTubeクリップで観られる。

 

8:54あたりからスートーンズのメンバーが客席に入ってきて、12:48にマディが突然ミックを呼ぶ。

  

 

この夢のセッションから1年半ほど経った1983年4月30日、大御所ブルースマン、マディ・ウォーターズは鬼籍に入った。

享年70歳。


マディのソウルを受け継いだミック・ジャガー勇姿が待たれる。