Here Comes The Sun
1969年7〜8月収録
Contents
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ジョージの憂鬱
ふぅ・・・今日も目の前の書類の山から、一枚一枚サインをし続けてもう何時間になる?
ため息をつきながら仰ぎ見る窓外のロンドンの空は、初夏だと言うのにジョージ・ハリスンの眼にはまるで、冬のように深く陰鬱な色彩に映じていた。
ここのところアップルレコードの事務所に通い、会計士にあれこれ指示されてまるでビジネスマンのような仕事ばかりをさせられているのに、さすがにうんざりしている心境が、そうさせたのであろう。
ジョージは我慢の限界が来た。幸い会計士は今、外出している。
彼は椅子からやおら立ち上がり、隣で仕事をしている事務員である小綺麗な中年婦人に優しい声で告げた。
「ちょっと用事を思い出したので、帰らなきゃならないんだ。もう今日は戻ってこないからね」
婦人はゆっくり笑顔を向けた。
「わかりました。車を乗り換えられたばかりなので、運転には気をつけてくださいね」
返事のかわりに笑い皺を深く刻んで満面の笑みを返すジョージに、婦人は少し赤面しつつにこやかに軽く手を振った。
アップルレコードの駐車場に向かったジョージは、静かな威厳を湛えて佇むフェラーリ365GTCに近づき、乗り込んだ。
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ハートウッド・エッジ
そういえばエリックはこの車を初めて見ることになるな・・・
ジョージが事務員に言った用事とは口実で、うんざりする仕事からエスケープをして、友人のエリック・クラプトンのサリーヒルズにある邸宅に向かうつもりだった。
ミッドナイトブルーの鈍い光沢を放つジョージのフェラーリは、午後のロンドンの街並みに映えた。A3号線、通称ポーツマスロードに合流して一路サリーヒルズへ向かう。
1時間少々走らせて辿り着いたギルフォードでA3号線から降りて一般道に入り、目的地に向かう途中の左手に「ウィンドミル(風車)」という名のパブ・レストランが見えた。
エリック・クラプトンも常連客である店だ。
その脇の道を入っていくと、ほどなくエリック・クラプトンの邸宅の門に到着した。
ハートウッド・エッジと呼ばれるエリックの大邸宅は元々は貴族の屋敷であり、敷地面積は実に16エーカーである。
東京ドームが約12エーカーなのでその広大さたるや凄まじい。
郊外の自然環境の中の広大なる豪邸は、まさに貴族のカントリーライフを彷彿とさせる優雅なものであり、ジョージが気晴らしに向かいたくなるのも無理もないだろう。
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フェラーリ365GTC
ジョージを迎えに出てきたエリック・クラプトンの眼は、彼が駆って来たフェラーリに釘付けになった。
「凄いじゃないかジョージ、美しい車だね・・・実に美しい。とてもセクシーだ。いつ手に入れたんだい?この間までメルセデスのリムジン・・・プルマンに乗ってたじゃないか・・・」
「ははは、先日買ったところだよ。ジョンが乗っている335GTが、以前から羨ましかったものでね」
談笑しながら邸内に入った二人は、いつものようにおびただしい楽器類が置いてある部屋で腰を落ち着けた。
二人とも根っからのミュージシャンであることは間違いない。
「ちょっと作りかけの曲があるんだ。まだ未完成のラフな状態だけど、聴いてみてくれないか」
ジョージはエリックのアコースティック・ギターを借りて、カポタストを7フレットにセットした。
それを見てエリックはちょっと驚いた顔をした。
「そんなハイポジションにカポタストをつけるのかい?」
「聴けばわかるさ」ジョージはウインクしながらそう返す。
イントロが流れ始めると、聴いていたエリック・クラプトンは目を見張った。
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なんだ、この弾き方は?カーターファミリー・ピッキングの変形か?しかしクールだ・・・7フレットにカポタストをつけて、しかもDのキーを使っているので、非常に音に張りがあり、また倍音がよく響いて12弦ギターのような伸びやかな広がりがある・・・素晴らしいアレンジだ・・・ジョージの狙いは的を射ている・・・
エリック・クラプトンはそう思った。
エリックは元々ジョージの美的センスを信頼していた。今回の車だってそうだった。しかし、それ以上にこのギターアレンジには、自分にはない繊細かつダイナミックな音楽への愛を感じざるを得なかった。
歌に入ると、清々しくも優しい声で流麗なメロディが展開された。
奏で終えてジョージはエリックに聞いた。
「どうだった?君の率直な印象が聞きたい」
エリックは襟を正すような面持ちで、ゆっくりと口を開いた。
「ジョージ・・・君は、僕も参加させてもらったあのアルバム(ホワイトアルバム)あたりから、バンドの中で実力、才能、そして存在感がはっきりしてきた。これはお世辞ではない。そして今聴かせてもらった曲・・・初めて聴く曲想で・・・素晴らしく美しい曲だと思う。また、ギタリストとしては・・・そのギターアレンジ、いまだかつて見たことのないクールなアレンジだと感じた」
エリック・クラプトンの最大級の賛辞を聞いて、穏やかに微笑むジョージ・ハリスンは、もう以前のようにポール・マッカートニーに気を使うジョージ・ハリスンではなくなっていた。
曲の中のまだ未完成の部分はエリックの助言を聞きながら、その日のうちに基本的な曲の構造が完成した。
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ジョンの不在がもたらしたもの
後日ジョージはビートルズのメンバーに、この曲「ヒア・カムズ・ザ・サン」をアコースティック・ギターの弾き語りで聴かせた。聴いた3人は、ともに掛け値無しにこの曲を褒め讃え、文句なしに製作中のアルバムに入れようということになった。
この曲の収録は7月7日にリズムトラックから開始されたが、その直前にアクシデントが起こっていた。
ジョン・レノンは休暇中にスコットランドを訪れていたが、当地で息子のジュリアン、ヨーコ・オノと娘のキョーコとともに乗っていた彼の車が交通事故に遭ったのだ。
収録の前日までスコットランドの病院に入院していたので、収録には参加できなかった。
不幸中の幸いと言うべきか、ジョンが不在なので当然ヨーコ・オノも不在であり、いつもとは雰囲気が変わって和気あいあいと収録ははかどったのである。
この頃の彼らは四人揃うと、いや、ヨーコを含めて五人になると雰囲気が重くギクシャクしていた。リンゴ・スターもジョージもそんなことはないのだがポールだけはヨーコを受け入れ難いようだった。
ジョンを夢中にさせているヨーコという東洋人にジェラシーを感じているようだという噂もあったぐらいだ。だから、その日ばかりは開放的な雰囲気が漂っていた。
しかし、そんな和やかな現場で、一瞬だけ、全員が凍りつく瞬間が訪れることになる。
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ジョージ牙を剥く
何度かセッションを繰り返し、アレンジがあれこれ固められていった。
ジョージはムーグ・シンセサイザーに凝っており、イントロのギターのメロディとシンセサイザーをシンクロさせ、歌が入る直前でシンセサイザーの下降する不思議なサウンドは、鍵盤ではなくリボン・コントローラーの上に指を滑らせて出した。
「素晴らしいじゃないか!ジョージ」
ポールはそのアイデアを褒めた。
「ついでに言うと、シンセサイザーの下降音にカウンターでベースのグリッサンドで上がっていくフレーズを入れないか」
ジョージはにこやかに言った。
「それも面白いかも知れないね。でも・・・シンプルに始まりたいので、このままでいい」
ポール・マッカートニーは苦笑しながら、肩をすくめた。
「しかしジョージ、ともかく一度やってみよう。きっと効果的だと思う」
それを聞いたジョージの顔から笑みが消えた。
「いや、いい。シンセサイザーだけが鳴りながら音程が下がる。それで充分に効果的なのさ」
「やってみなきゃわからんだろう?」
少し強引な言い方をするポールだった。ビートルズの要は自分だという自負がそうさせたのだろう。
「な、ジョージ、とにかくやってみ・・・」「黙ってくれないか!」
珍しくジョージが声を荒げ、ビートルズのメンバーだけでなくエンジニアも、モニタールームにいたスタッフも、全員が息を飲んだ。
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お構いなしにジョージは続ける。
「僕は君に意見など求めていない、ポール」
確かにポールはここ数年ジョージに対して、強引で傲慢なところがあった。それでも温厚なジョージはできるだけ穏便に済まそうと、ある程度妥協をしてきた。
しかし、今やジョージの実力も才能も、ポールとジョンに比肩するレベルに達してきたと、関係者は全員認識していた。暗黙の了解だ。
それはポールも気づいていたが、このようにジョージが牙を剥くとは思わなかったので面食らった。
しかし、さすが天才ポール・マッカートニー、瞬時に状況を判断して対応した。
「ジョージ、すまなかった。やはりこの曲は、君がリーダーシップを執って仕上げるべきだよね」
穏やかにそう言うポールの顔を見て、ジョージも納得した。
「大きい声を出して、こちらこそすまなかった」
顔から怒りは消え、いつもの哲人のような柔和な顔に戻っていた。
その後は、いや増して良い雰囲気で録音作業は進んだ。
サビの部分のジョージとポールのハーモニーは息もぴったりであり、非常に美しくてこの楽曲の見せ場になった。また、ポールのベースラインもジョージの意を汲んで、バランスの良いアレンジになっていた。
やはり険悪になってきたとはいえ、演奏しているときは昔と同じ、ただただ音楽を愛する若者たちに戻ってしまう彼らであった。
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