或る物書きの英語喉と小説まみれのジャズな日々

  英語喉とジャズと小説をこよなく愛し、映画・アニメ・漫画・R&B・70年代ロック・Suchmosなどに眼がない或る物書きが綴る

ビートルズ・ジョージハリスン初のオリジナル曲ドントバザーミーは体調不良が生んだ?

Sponsored Link Advertising

 

ビートルズ画像

 

 Contents

 

Sponsored Link Advertising  

   

「ノーザン・ソングス」

  

ビートルズのデビュー・アルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』が大ヒットし、セカンド・アルバムの準備が進んでいた1963年の夏も終盤、コンサート巡業中にボーンマスのホテルで体調不良のため安静にしているジョージ・ハリスンの元をある人物が訪れた。

 

彼の名はディック・ジェイムス。

レノン/マッカートニー名義の楽曲の著作権を管理する会社「ノーザン・ソングス」をビートルズのマネージャーであるブライアン・エプスタインと設立した人物だ。

 

曲を書いていたジョン・レノンとポール・マッカートニーは、1963年に設立されたその会社の株主でもあった。この会社は甚だ長い期間に亘ってビートルズ楽曲の版権を独占所有し、ジョンの遺族やポールを手こずらせることになるが、それは後の話だ。

 

※ 『ウィズ・ザ・ビートルズ』フルプレイリスト

  

Sponsored Link Advertising

 

    

ディック・ジェイムスの進言

 

ジョージ・ハリスンを訪ねたディック・ジェイムスの要件は何であったのか?

 

ジョージがルーム・サービスを呼んで用意してくれた紅茶を飲みながら、ジェイムスはおもむろに切り出した。

 

「ジョージ、君もジョンやポールのように曲を書いてみたらどうだろう?後々の資産になると思うのだが」

「資産?」

ジョージは訊き返す。

 

「そう、資産だ。君たちは今勢いに乗っている。これからどんどん大きい仕事が君たちを待っている。イギリスだけじゃない・・・ヨーロッパ中?アメリカ?いやいや、世界中が君たちを待っているんだ」

「・・・それで?」

「そうなってきた時にビートルズの曲は、ビッグマネーを生むことになる。それは何もレコードが売れるということだけではない。わかるね?」

「つまり・・・僕たちの曲を僕たち以外の人たちが何らかの目的で使用するときに、著作権料が発生するということですか?」

 

Sponsored Link Advertising  

   

オリジナル曲と著作権

 

ジェイムスはジョージの発言に深く頷いた。

「そう、まさにそのとおりで、ブレイクスルーした後の君たちの音楽は、ラジオ、テレビ、映画、イベントその他様々な機会で使われることになるのは確実だ」

「だからポールとジョンはあなたとエプスタインが作った会社の株主となって、先々の権利問題に今から手を打った・・・ということでしょうか」

「そうなんだ、ジョージ。でもビジネスを置いといても、若い君たちがこれから展開する音楽活動の中で、君だってジョンやポールのように自作自演する名誉を味わいたくはないのかい?」

「ないと言えば嘘になります」

「だよな。だから悪いことは言わない、少しずつでも自分のオリジナル曲に挑戦してごらん」

 

ジョージは眼を閉じて瞑目している様子だったが、やがて眼を見開き笑顔をディック・ジェイムスに向けた。

「僕にそのような才能があるかどうかわかりませんが、トライしてみようと思います」

 

Sponsored Link Advertising

 

    

ジョージ初めてのオリジナル曲

 

ビートルズはボーンマスにあるゴーモン劇場にて、1963年8月19日から24日までのスケジュールコンサートを開催した。

その間ジョージは体調が良くなかったので、本番以外の時間はホテルで安静にしていたが、そこへやってきてオリジナル・ソングの作曲を進言したのがディック・ジェイムスだったのだ。

 

ジェイムスがホテルを辞去した後、特にすることもなかったのでジョージはジェイムスの進言を受けて曲を作ってみようと思い立った。

 

ガット・ギターを抱えて、録音機を回しながら鼻歌と口笛で思いついたメロディを奏でながら作曲作業を進めた。

 

その時に録音されたテープが残されており、ジョージの若き日のチャレンジ作業を後世に残す貴重なメモリーとなっている。

 

※ ジョージが「Don't Bother Me」を作曲する過程を録音したテープ音源

 

Sponsored Link Advertising  

  

「放っておいてくれ」

 

これがジョージのビートルズ時代に初めて書いた作品となる。

メロディが先にできて、後から歌詞を付けたが、何度も「Don’t bother me」を繰り返す歌となった。「放っておいてくれ」とか「邪魔しないで欲しい」という意味だ。

 

なぜそのようなフレーズが生まれ、タイトルにもなったのか?

 

常に温厚なジョージではあるが、体調が悪い中でも演奏活動をこなさなければならないその時ばかりは、他の人たちが構ってくることに対して「もう放っておいてくれ」という心境だったのだ。

 


Sponsored Link Advertising

 

    

偉大過ぎた2人の陰で

 

この曲の録音ではリード・ギターを、リード・ボーカルを取るジョージに代わってジョンが担当した。このあたりは初期のビートルズの一貫した姿勢「ライブでやれないアレンジなどしない」に準じていた。

 

バッキングのギター・フレーズがなかなかお洒落である。VOXアンプAC30のトレモロが効いている。間奏のソロだけはジョージが情感たっぷりに弾いた。

 

ポールはダブル・ストップ(ベースの2本の弦を同時に押さえて効果的なフレーズを弾く手法)を使った切れ味良いバッキングを奏でている。

 

このようにして、ジョージ・ハリスンの記念すべき最初のオリジナル曲が出来上がった。従来のビートルズのオリジナルとは少し系統が違うメランコリックな作風は、バンドのイメージの彩りを増す力があった。

 

後に出てくるイギリスのパブロック・バンド、ダイアー・ストレイツなどが影響を受けていそうなサウンドである。 

 

しかし、レノン/マッカートニーがあまりにも偉大であり過ぎたため、ジョージ・ハリスンがその作曲の才能を開花させ、世間に知らしめるまでにはそこからさらに5年ほどの時を要することになる。

 

 

THE BEATLES カテゴリーの記事一覧 

筆者のビートルズKindle本

読み放題対応!登録後1ヶ月は無料

(1ヶ月手前で辞めるのもOK)