或る物書きの英語喉と小説まみれのジャズな日々

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ビートルズ『アビイ・ロード』 元タイトルは最高峰を意味する『エヴェレスト』だった

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ビートルズ画像

 

 Contents

 

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 エプスタイン急逝で求心力を失うビートルズ

 

永遠不滅の革命的音楽集団「ビートルズ」の『アビイ・ロード(Abbey Road)』は1969年9月26日に英国で発売された、ビートルズにとっては12枚目にあたるオリジナル・アルバムである。

 

また、発売順序は『レット・イット・ビー(Let It Be)』が後になるが、制作したのは『アビイ・ロード』が後なので、事実上のラスト・アルバム(※)でもある。

 

1967年8月にマネージャーのブライアン・エプスタインが急死してから、求心力を失ったビートルズは『ホワイト・アルバム』の収録時期からメンバー間の不協和音が大きく鳴り始めた。

 

ヨーコ・オノの登場が火に油を注いだ。これはヨーコが悪いのではなく、主にポール・マッカートニーが、あたかも恋人を奪った恋敵に対するように、いつもジョンの傍らにいるヨーコに対して厳しい態度をとり続けたことが要因だ。


その後の「ゲットバック・セッション」すなわち後に『Let It Be』のアルバムならびに同名のドキュメント映画になる一連の収録を通して、分裂は決定的になった。

 

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ポールが三人にアルバム制作を呼びかけた


しかしポール・マッカートニーが言い出しっぺとなり、最後にもう一度まともに良いアルバムを作ろうとメンバーに声を掛け、全員が承諾した。

 

そして、ポールはジョージ・マーティンにプロデュースを依頼するが、ジョージ・マーティンはそれが本当に全員の一致した意見か再三確認した。その上でポールには各メンバーの意見、とりわけジョン・レノンの意見をしっかり尊重して取り組むならという条件で引き受ける。

 

そうと決まれば最高のアルバムを目指すために、ポールとジョージ・マーティンは『ホワイト・アルバム』製作時に、不協和音に耐えきれなくて去って行ったエンジニア、ジェフ・エメリックを説得して呼び戻した。

 

そうやって作り上げられたこのアルバムは、英国の「ミュージック・ウィーク」誌で17週連続1位に輝いた。アメリカでは「ビルボード」誌で11週連続1位を記録した。「キャッシュボックス」誌では14週連続第1位となった。


全米だけでも1200万枚以上、全世界で実に2900万枚を超えるセールスを記録した。

 

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当初のタイトルの意味するもの


アビイ・ロードとはビートルズが使用していた「EMIレコーディング・スタジオ(当時の正式名称)」がその道沿いにある、ロンドンのカムデンとシティ・オブ・ウェストミンスターを結ぶ道路の名称である。

 

通称アビイ・ロード・スタジオはこのアルバムの大ヒットを機に、ビートルズに敬意を表して改名され、名実ともに「アビイ・ロード・スタジオ」が正式名称となったのだ。

 

ビートルズの最高傑作と呼ばれるようになるこのアルバムの当初のタイトルは、実はポールが提案した最高峰を意味する『エヴェレスト(Everest)』だった。

 

この情報はネットでも流通しているが、細部が間違っているので、信頼に足るもっとも真実に近いストーリーをここで再現するとにしよう。


このタイトルはエンジニアであるジェフ・エメリックが吸っていた煙草の銘柄に触発されてポールがつけた。そして「最高峰」を意味するこのタイトルに見合う、最高の音楽を残そうとした。

 

ちなみに、タイトルが変更した理由はふるっている。


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文化遺産に指定された横断歩道

 

アルバム・ジャケットの写真を実際にヒマラヤに撮りに行く案が出ていたが、それに対して他のメンバーの誰かが、そんなのはごめんだとNGを出した。


そこでポールが、代替案としてスタジオの前を走る道路の名にちなんだ『Abbey Road』を提案し、それに決まったのだ。

そういう経緯で、アルバム・ジャケットの写真もアビイ・ロードの、スタジオの前の横断歩道で撮影されることになり、1969年8 月8日に撮影がおこなわれた。


午前11時35分から、警官が車を止めてくれている間にイアン・マクミランによってパターンの違う6枚の写真が撮影される。

ジャケットに採用されたものは、奇しくも彼ら四人がスタジオから遠ざかって行くショットであった。

 

2010年12月、この横断歩道はその文化的背景により英国政府から文化的・歴史的遺産に指定された。建造物以外のものが指定されたのは歴史上初めてのことである。

 

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半世紀ぶりの再発で全英トップに輝く

 

筆者は中学2年生の時に、初めてビートルズのアルバムを購入したのだが、それが『アビイ・ロード』だった。


それまでは音楽好きのお兄さんがいる友人が、ビートルズのベスト盤であるいわゆる赤盤や青盤をカセットテープに録音してくれたものや、FMラジオから自分で録音したものを聴いていて、すでにビートルズにハマっていた。


残念ながらリアルタイムではなく、ビートルズ自体はとっくに解散していて、その当時は元ビートルズのメンバー全員が、ソロで世界的ヒットチューンを生み出していた。ビートルズ神話はある意味、進行中であった。

 

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そして中学生の筆者は、図らずも彼らの最高傑作と呼ばれるアルバム『アビイ・ロード』を手に入れ、ベスト盤とは一味違う、深い音楽世界にハマり込んで聴いたものだ。


ほぼ頭の中で空で再生できるほどに何度もなんども聴き込んだ。すべての曲が素晴らしいと感じた。

 

2019年9月、50周年記念エディションの再発盤『アビイ・ロード』がUKチャートのトップを飾って音楽ファンを驚かせたが、それは単に話題性だけでそうなったのではない。

 

改めて聴く者にとって、純粋に音楽性とクオリティの高さが並大抵ではないからこそ起こった出来事だと言えるだろう。

 

※ 一部の人たちが、「いやいや『アビイ・ロード』完成の後に、『レット・イット・ビー』の部分的なオーバー・ダビングをおこなったので、後者がやはりラスト・アルバムだ」などと言っているが、これは表層的な事実でストーリーを歪曲する浅薄な判断だ。たとえ『レット』の部分修正が『アビイ』後におこなわれたからと言って、彼らのバンドとしてのモノづくりの取り組みは『アビイ』が最後である。また、ジョン・レノンはそもそもその『レット』のオーバー・ダビングに参加していない。仮に『ホワイト・アルバム』の一部のベース演奏をポールが差し替えたとしたら『ホワイト・アルバム』が事実上のラスト・アルバムになる、とでも言うのだろうか?

 

 

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