A HARD DAY'S NIGHT
1964年4月16日収録
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ア・ハード・デイズ・ナイトの謎
初期ビートルズきっての大ヒットチューンであり、初主演映画の主題曲でもある「ア・ハード・デイズ・ナイト」はビートルズらしさが満開の素敵な曲だ。
ブルーノート(音階の第3音と第7音を半音フラットさせた物悲しくブルージーな音)とダイアトニック(通常のドレミ)をバランス良く組み合わせて、彩りを添え、絶妙にハイセンスなコーラスワークで聞かせる、初期の白眉の曲と言えるだろう。
といころで、この名曲には、昔からコアなファンやビートルズ・マニアの間で囁かれる不可思議で謎めいた部分があった。
それは・・・
- 不思議なイントロとアウトロにした訳は?
- タイトルは本当に文法的におかしいのか?
- 間奏のピアノを1/2速で録音までしてなぜ入れたのか?
ファンでもない人には「なんのこっちゃ」「どーでもいい」って話なのだが。(笑)
それでもこのコラムはコアなファンによるコアなファンとこれからのファンのためにあるので、気にせず掘り下げることにする。
では、ひとつひとつの詳しい意味合いと、数々の関係者の証言や回想からの「解明」もしくは「推理」を紹介するが、あくまでひとりのコアなファンの個人的な解釈も含まれると思って読んで頂ければ幸いである。
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不思議なイントロとアウトロにした訳は?
この曲はイントロがあの有名な「ジャーーーーーーン」の、強烈で独特の和音で有名だ。そしてアウトロ、つまりエンディング部分が不思議なアルペジオ(分散和音)が繰り返されてフェードアウトする。
このパターンは他では見られないユニークなものであり、それも「ビートルズらしさ」で片付ければそれまでなのだが、この突然変異的なイントロとアウトロの出どころについてだ。
実はこのイントロとアウトロは、くだんの主演映画『ハード・デイズ・ナイト(旧邦題:ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ! )』の監督であるリチャード・レスターであった。
これはビートルズ担当の音楽プロデューサーであるジョージ・マーティンの証言でわかったことだ。
EMIレコーディング・スタジオで録音をしている時にリチャード・レスター監督がコントロール・ルームに陣取って、やり直せだのああせよこうせなどの無茶な要求を出していたのだ。
彼は音楽は畑違いなのであるが、自分が監督する映画の主題歌なので、当然指示する権利があると信じて疑わなかった様子だと言う。
ジョージ・マーティンは苦々しく思いつつもそこは百戦錬磨のベテランなので、ほとんどの要求をニコニコと聞くふりしながら実際は無視した。
しかしイントロの強烈な和音と、印象的なアウトロの要求だけは聞かざるを得なかったので、ともかくビートルズと相談して半ば即興で作り上げた。
なぜ無視できないかと言うと、監督の要求には一理あり、イントロ=1発目の和音は物語の始まりを強烈に告げてゾクゾクさせるという狙いである。
アウトロのアルペジオは最初の和音を分散して鳴らし規則的に繰り返してフェードアウトすることで、次なる場面に移行しやすいというのである。
至極まともで、見事な演出プランでもあり、結果的には楽曲としてもイントロとアウトロの印象深さは功を奏している。
いかなる場合も「持って」いるビートルズなのだ。
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タイトルは本当に文法的におかしいのか?
この曲のタイトルの由来でまことしやかに伝えられているのが、リンゴ・スター発言を面白がるジョン・レノンが「それ頂き!」とばかりに使ったと言うものだ。
もう少し細かく言うと、従来の説はこうだ。
録音とステージに追われるビートルズの多忙極まるスケジュールの中で、ある時リンゴが「It’s a hard day...」と言いかけて、外を見たらもう夜だったので「's night」と付け足した。
ジョンは「文法的にはおかしいがその表現を気に入って」タイトルにしたということだ。
文法的におかしいというのは、「day」は「昼」なので、day's night という言い方は破綻しているということとして伝えられている。過去にこれを聞いて「え?」と思った諸兄も多いと思う。
まぁ、それが流布したのは昔の話になるので仕方ないが、「day」は「昼」という意味だけではなく立派に「日」の意味を持っているので、それ自体は文法的に破綻しているとは言い過ぎである。
ここからは筆者の推理で申し訳ないが、ジョンが本当に「文法的におかしいが」と言ったのであれば、それは「day」が「昼」だからという事ではない。
この部分はきっと勝手に日本人の誰かが解釈した付け足しであり、ジョンが「文法的に」ツッコミを入れたのは、普通なら「a night of a hard day」となるところを所有格の'sで表現したユニークさだろう。
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間奏のピアノを1/2速で録音までしてなぜ入れたのか?
この曲の間奏はジョージ・ハリスンの12弦ギターとジョージ・マーティンのピアノがユニゾンで弾いている(とされている)。
通説ではこうである。
マーティンがフレーズを弾き切れなかった。そこで(当時はデジタルではなくアナログテープでの録音なので)1/2の速度でテープを回しながら、同じく1/2のテンポでゆっくり、ただし本来の音の1オクターブ低い音で録音したというものだ。
それを通常速度で再生すると違和感がなくなる。
そうやってマーティンが弾けるようにした、というもっともらしい理由である。
しかしそれを覆した新事実(笑)がレコーディング・エンジニアのジェフ・エメリックの回想で明らかになった。
ジェフによれば、こうだ。
ジョージはその日の録音で、間奏の短いギター・ソロがどうしても納得いかなかった。だから(前述のように)テープ速度を1/2に落とし、本来弾きたい音の1オクターブ低いフレーズでゆっくりと弾けるようにして録音したと。
ただし、その時点でマーティンがユニゾンのフレーズを弾くことになり、ところがテープの空きが1トラックしかなかったので、二人のジョージが一緒に「息を合わせて」「念入り」に録音したとのことだ。
さて、さらなる新事実として、YouTubeでこの曲を低速に設定して再生してみると面白いことがわかった。
実はジョージはその部分を12弦ギターで弾いていないのだ。嘘だと思われる諸兄は、ぜひYouTubeで低速再生して確認して欲しい。
あれは6弦ギターである。おそらくグレッチ・カントリー・ジェントルマンで弾いたのであろう。
そうなるといくつも?が浮かぶことになる。
- ジョージが納得しない
- 低速で録音
- 急遽マーティンのピアノをユニゾンで同時に「ぴったり息を合わせて弾き」足す
- 実際は6弦ギターで弾いている
これらがしっくりとつながらないのだ。
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或る物書きの推理
ジョージが納得できないのは、買ったばかりのリッケンバッカーの12弦ギターにまだ馴染む前で(後のライブではちゃんと弾けている)弾きにくかったからとすれば、低速にするとして、なぜ6弦ギターで弾いたのか?
慣れている6弦ギターで弾くぐらいならならいくらなんでも、あのフレーズぐらい通常スピードで弾けるであろう。低速にする意味がない。
そしてなぜその時点で、急遽ジョージ・マーティンがピアノで、しかもユニゾンで参加したのか?
ここで通説に戻ってマーティンが弾きこなせないから低速で録音というのなら、ジョージのギター・パートはそれこそ低速であれば12弦で弾いてよさそうなものである。
普通のスピードで6弦で弾くか、低速で12弦なら理解はできるが、どちらでもないのはなぜだろうか?
どうでもいいことかも知れないが、謎が謎を呼ぶ流れなのだ。
そして筆者は推理の末にある結論に到達した。上記の4点の疑問をすべてクリアする「解」だ。
それは、すべての発端が・・・ジョージが納得できなかったのは弾きこなしてないからではなく、リッケンバッカーの12弦の弱点であるチューニングなのだ。
弾いたことがある人はわかると思うが、リッケンバッカーの12弦ギターは一般的な12弦ギターと違って、各複弦がなんと同じブリッジの駒を通るのである。駒が6つしかないのである。現在は駒が12個のオプションモデルあるのだが、当時はなかった。
そうなると、そうでなくても弦高が高めのリッケンバッカーなので、開放弦以外の状態でフレーズを弾くと、複弦同士のチューニングが合いにくい。ブリッジの駒では調節不可能なのである。
そしてあのフレーズは同じ音で1小節伸ばすところが4箇所出てくる。早いパッセージだけなら気にならないが、1小節伸ばすとさすがにチューニングが狂っているのがわかるのだ。ライブならそこまで気にならないとしても、レコードなのでNGと考えられる。
しかしジョージは12弦ギターで始まり12弦ギターで終わるあの曲の間奏も、12弦ギターで通したかった。
そもそもあのアルバム自体、アメリカに行った時にリッケンバッカー社からプレゼントされたあの12弦ギターが、結構印象的な味付けをしているのである。だからジョージは12弦のサウンドで間奏を弾きたかったのだ。
そこでジョージ・マーティンが、12弦ギターの複弦の高音部分をジョージが6弦ギターで弾き、12弦ギターの複弦の低音部分をマーティンがピアノで弾くことで、12弦ギターっぽいサウンドが得られるはずと考えた。いわゆるオクターブ・ユニゾンである。
しかしそれにはそうとう「ぴったり息を合わせて」弾かないとそう聞こえないと考えて、苦肉の策で低速録音の手法で「念入り」に録音したということだろう。
そうでもなければ、あのシンプルなフレーズの間奏ぐらい、ギターもピアノも低速でなくとも二人のプロフェッショナルなら弾きこなすであろう。
マーティンが弾きこなせない説は、後の『ラバー・ソウル』アルバムの「イン・マイ・ライフ」でのハープシコードに聞こえるマーティンのピアノソロが、複雑で早いパッセージのために低速で録音した事実があるので、そこから出たのであろう。
「イン・マイ・ライフ」のピアノなら通常スピードで上手く弾きこなせないという話は納得できる。
余談だが、この「イン・マイ・ライフ」では再生時にピアノの残響、つまり余韻も1/2になるので、しかも結果的に高音のフレーズになったので、ピアノなのにハープシコードのようなサウンドになったのだ。
「ア・ハード・デイズ・ナイト」のピアノ部分は低音なので、その効果はなかった。
その手法で録音されたあの曲の感想は、見事に12弦ギターの独特なサウンドに聞こえるような仕上がりだ。しかもピアノの存在感もあるので、重厚な間奏になっている。
以上の3つ以外にも小ネタ?小謎はある。
なぜサビだけポールがリードに変わるのか?
これはジョン自身が説明しているが、音程が高過ぎてポールの方がうまく歌えるかららしい。
つまり、自分が作りリードボーカルを取る曲でも、完成度を上げるためならそういうことジョンはこだわりなく平気でやるのだ。
とまぁ、どうでも良いことをマニアックに掘り下げて楽しんでいるコラムに、最後までおつきあい頂き、誠に感謝に堪えない。
※ アルバム『ハード・デイズ・ナイト』フルプレイリスト
※ 筆者のビートルズKindle本
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