或る物書きの英語喉と小説まみれのジャズな日々

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声は命、言葉は人、それが彼らの遺した物 『人質の朗読会』小川洋子

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声は命、言葉は人、それが彼らの遺した物


小川洋子の透明感のある作品世界には、ある種の中毒性があるかも知れない。現実的ではあるのに、どこか幻想的な香りと何か憂鬱で気怠い趣きが漂い、だからこそ妙にリアリティに包まれたりする・・・・不思議な作風に私は強く惹かれる。


『人質の朗読会』は、そんな彼女の稀有なる作品世界を堪能できる素晴らしい小説だ。『妊娠カレンダー』や『博士の愛した数式』で知られる作家、小川洋子の作品の多くは、設定の絶妙さが秀逸だと思う。

 

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すべてではないが、設定自体でもう半分は成功しているようなものだと言えば言い過ぎだろうか。

 

もちろん、奇抜でもなければ非現実的でもなく、彼女が紡ぎだ出したい物語の背景として、もっとも相応しいように肌理細かく設定されているのだと感じる。

 

そして何より、彼女の小説で味わうべきは設定の妙にあらず、あくまでも物語を通して描かれる人間の強い儚さ・・・儚い強さ、歓びの礎(いしずえ)となる悲しみだったり、諦観の果てにある希望だったりという、人が生きること(あるいは死ぬこと)の「妙」なのだ。

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あらゆる人の胸中に息づく物語たち


ここでは、私が小川洋子の最高傑作に推したいこの『人質の朗読会』を未だ読んでいない人のためにも、不用意な情報を盛り込むことは避けよう。

 

ともかくこの素晴らしい珠玉の小説を美味しく味わってもらうことを願って、あくまでさわりを紹介させて頂くことにする。

 

物語は南米のとある国の観光ツアーに参加した日本人旅客と添乗員計8人が乗ったマイクロバスが、遺跡観光を終えて首都へ戻る途中に反政府ゲリラの襲撃を受けて拉致されたことが発端だ。

 

電気も通っていない、標高2000メートル級の山が連なる山岳地帯の村で、人質としての生活が始まったのだ。

 

ゲリラは逮捕された同胞の釈放などを政府に要求するが、政府はゲリラの要求には答えず、膠着状態がしばらく続くことになる。

 

事件発生から100日以上過ぎたある日、もうすでに報道されることもなくなり、世界はその事件のことを忘れ去ろうとしていた頃、政府軍と警察の特殊部隊がアジトに強行突入した。

 

銃撃戦の末に犯人グループは全員死亡、特殊部隊員2人が殉職、そして犯人側が仕掛けてあった爆薬によって、人質8人の全員が死亡してしまう最悪の結末となる。遺品と呼べるものは何ひとつなかった。

 

しかし、2年の歳月を経て、意外なことに人質たちが生前、拘束中に語った音声が録音されたテープが存在しており、遺族に届けられた。

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届けられたテープの内容とは


実は、犯人側の動向を知るために、国際赤十字から差し入れられた物資である救急箱や浄水器、辞書などに盗聴器が仕掛けられていたのだ。

 

その盗聴器から得た音声を録音したものであり、傍受を担当していた若い兵士はゲリラの動きのみならず、異国の言葉による人質たちの声を、そう、ひとりひとりが紡ぎ出す声をずっと聴いてきた。

 

遠く隔絶された場所から届く声、紙をめくる音、慎み深い拍手・・・それは朗読会だったのだ。彼らは絶望の淵において、決して壊すことのできない過去の想い出のひとコマを語り合ったのだ。

 

せっかくだから思いつくままではなく、書き留めて推敲して、きちんと書き言葉にした物語を。その行為に耳を澄すことができるのは、人質たちと犯人側の見張り役、そしてその若い兵士だけだった。

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意味は解らずとも、人質たちが淡々と語る声に宿る「祈り」を感じ、これは遺族に届けるべき大切なものではないかと悩み、呻吟を経て行動を起こした結果だった。

 

一方、事件後にずっと遺族を取材していたラジオ局のある記者が、そのテープの存在を知った。記者はそのテープを聞いて大いに感銘を受ける。

 

遺族たちに、これこそ人質になった犠牲者たちが確かにこの世に生きていた証に他ならないと遺族を説得し、類い稀なるラジオ番組『人質の朗読会』が公に放送されることになった。

 

ここまではあくまで「さわり」であり、ひとりひとりの「朗読」がこの小説の「柱」であり「たましい」である。その九つの物語。人質は8人なのに、なぜ八つではないのか?

 

最後のひとつは、テープを遺族に届けた若い兵士の「朗読」なのだ。

 

ちなみにWOWOWの「ドラマWスペシャル」にて、佐藤隆太主演でテレビドラマ化された。佐藤隆太はラジオ記者の役を見事に演じた。

 

ドラマ化の都合上、原作よりも朗読の数は少なくはあるが、作品の世界観をそのまま再現しようと、まともに原作と向き合った素敵なドラマとなっている。

 

ともあれ小川洋子のこの小説は、ひとつひとつの極めて個人的な物語が、絶望の向こう側に見える淡くて、それなのに力強い光を浴びて綴られる、味わい深い小説だ。