或る物書きの英語喉と小説まみれのジャズな日々

  英語喉とジャズと小説をこよなく愛し、映画・アニメ・漫画・R&B・70年代ロック・Suchmosなどに眼がない或る物書きが綴る

夢枕獏 「神々の山嶺」前人未到なる極限の挑戦を描く傑作冒険小説

Sponsored Link Advertising

熱く骨太な物語を書かせたら日本でも指折りの、夢枕獏の渾身の長編小説「神々の山嶺」(以下「神々」)は、数十年に一度出るか否かの傑作冒険小説だと言っても過言ではない。読まずに死ぬのは勿体無いと思える本のひとつである。

 

Sponsored Link Advertising

   

~「神々の山嶺」は数十年に一度出るか否かの傑作小説~

  

純度の高い山岳文学でもあり、しかしミステリー要素もあり、またエンタテインメント、とりわけ冒険小説の要素を全て備えた作品でもある。真に良い小説はジャンル・カテゴリーを超えて感銘させ得るものだが、まさにこの一著はそうであろう。

 

著者・夢枕獏自身は「陰陽師」「キマイラ」「飢狼伝」等のSF寄りの作品で知られるが、「神々」はまさに本格的な山岳小説でもあり、現代文学でもある。

 

「生きる」ということや「死ぬ」ということ。「愛する」ということや「別れる」ということの折り合いをつけろと迫られた時、人はこうやって生きるべきであり、また死ぬべきであり、こうやって愛するべきであって、このように別れるべきであるという、著者の普遍的な思想を盛り込みつつ、決して押し付けにはなっていない。 

Sponsored Link Advertising  

    

「今夜、すべてのバーで」「レディ・ジョーカー」と並ぶ再読系

むしろ一般人にとっては、ああそんな風に生きられたらいいな、あんな風に死ねたら本望だな、という羨望と渇望を与えることによって、何らかの触発や刺戟を与え、だからこそ私自身がそうであるように、多くの愛読者が人生の節目や悩みにぶつかった時、壁が立ちはだかる折々に、再読三読したくなる一著なのだ。

 

分厚い上下二巻ものだが、私自身すでに通して6回読み直している。

 

「ビバーク」「トラバース」「ハーケン」「コッフェル」「カラビナ」「デブリ」等々、山岳の専門用語がふんだんに出てくるし、しかも一切説明はない。

 

だから初めて読んだ時は面食らったが、それはそれで分からないなりにニュアンスを感じて読み進めば自然と意味合いが全て理解できてくるものだ。

 

頑張って読み終えれば、誰しもいっぱしの山岳通になれてしまうところも、非常に面白いと感じる。私や友人の一人もこれを読んで、それまで理解不能だった死を賭して困難な山に挑む登山家の心情が、やっと理解出来たのだ。 

Sponsored Link Advertising  

    


登山家が追い求めるロマンの片鱗を見せてくれる小説

 

著者・獏自身がチョモランマ(エベレスト)に挑戦したこと、その途上で高山病にも罹ったこと、またモデルとなった存命している一流の登山者たちへの取材、これらが作品に十二分に折り込まれていて、フィクションではあるが迫真性に於いてはドキュメンタリー小説のようだ。

 

また「そこに山があるからだ」の名言を残し、チョモランマの露と消えた英国人登山ジョージ・マロリーへの大なる敬意と深い追悼の想いが籠められている。 

 

よく誤解されているその名言の「知る人ぞ知る真意」も、この作品を読めば理解できるようになっている。

 

読後感は非常に爽やかであり、心病める人には心の健やかさを、悩める人には立ち向かう静かな勇気を、恋する人には真の愛とは何かを、各々の境涯に応じて与えてくれそうな、著者の精神の強靭さに裏打ちされた、人間への優しい眼差しがとても心地よく胸に染み入ってくる。

 

漫画化もされており、2017年に多臓器不全で惜しまれなが逝去した故・谷口ジロー氏の熱量の溢れた筆致で描かれた、素晴らしいコミカライズだった。 

  

Sponsored Link Advertising  

    

命を削るような言の葉の数々

 

 

余談だが、映画化もされているが、これは主人公羽生丈二のキャストが小説のイメージから、あまりにもズレ過ぎていて観ていない。中背でずんぐりした、獣じみた匂いがしそうな男である羽生丈二を阿部寛が演じるというのは、無理があると思うのだ。

 

ちなみに「羽生」は作者夢枕獏が将棋好きであり、羽生十九世名人の大ファンであることからその名字を、毒蛇であるハブの音と引っ掛けて使ったのは有名な話だ。

 

ともあれこの小説は、いくつもの心に染み入る言葉が散りばめられている。特に羽生丈二が遭難中にノートに書いた手記は凄い。これを読むと、命を削るようなひとつひとつの言葉が、心の琴線に触れる人も多いと思う。

 

人生に何かしら迷う人にはきっと何かずしりとした手応えを得られる、一読に値する作品だ。