或る物書きの英語喉と小説まみれのジャズな日々

  英語喉とジャズと小説をこよなく愛し、映画・アニメ・漫画・R&B・70年代ロック・Suchmosなどに眼がない或る物書きが綴る

青春小説と呼ぶには余りに密度濃く熱量多大な稀有なる名作ジャズ文学

Sponsored Link Advertising

 

2年前(2017年)に鬼籍に入ったアメリカの大御所ジャズコラムニストであるナット・ヘントフが1964年に著した、ジャズをテーマにした青春小説が「ジャズ・カントリー」だ。半世紀を経てもなお、ジャズの真髄を描く名著として、いささかも色褪せていない。

 

ジャズの核心に迫る名著N.ヘントフ著「ジャズ・カントリー」

 

舞台は1960年代のニューヨーク、ジャズに憧れトランペットの習得に励む高校生トムが主人公だ。

 

彼はジャズの巨匠モーゼス・ゴッドフリーを心底尊敬し、自分の将来の目標としている。このモーゼスのモデルは、実在の巨匠セロニアス・モンクだと言われている。

 

一方彼は、大学への進学という選択肢が本来の自分の目指す道であり、彼の親もそう望んでいることも理解している。ジャズ音楽の世界に入りたい気持ちとのせめぎ合いという、進路の悩みも抱えている。

 

そんな青春の懊悩を心に燻らせながら、少年は勇気を振り絞って、黒人達のコミュニティに踏み込んでいくのだ。

 

考えてみれば、1960年代のアメリカでの、人種差別の事情たるや現在の比ではないことは明らかだ。彼が黒人達の中に分け入っていくことは、当然ながら様々な軋轢を生む。

 

事実、触れ合い始めて当初の黒人達の反応は複雑微妙であった。でもトムはジャズへの熱い思いから、本音で彼らにぶつかっていく。

 

この小説はそんなトムが黒人ミュージシャンやその家族との触れ合いを通して、徐々に人種の壁を崩してゆく日々を描いている。そういう側面では青春小説としても一級品だろう。

Sponsored Link Advertising  

 

 白人少年トムは単身、黒人コミュニティに分け入った

 

トムは黒人達のコミュニティにどんどん深く入り、初めてジャズマンとセッションする。ベースマン・ヒッチコックとブルースを一緒に演奏するのだ。

 

余談だが、ここでいうブルースとはジャンルとしてのブルースというより、ブルース進行と呼ばれる12小節のブルース特有の楽曲形式のことだ。そしてジャズマンが演奏するブルースは9~10小節のコードが本来のブルースとは違う。

 

V度→Ⅳ度→Ⅰ度に戻るのがブルース本来の進行だが、そこを音楽的に洗練させてⅡ度(Ⅱm7)→Ⅴ度(Ⅴ7)→Ⅰ度という解決の仕方をする。

 

この進行が「ツーファイブ」(2度から5度を経て1度、つまり解決するからツーファイブ)と呼ばれ、ジャズ音楽において、あらゆる曲のインプロヴィゼーション(アドリブ)における最大の見せ場と位置付けされる。

 

さて、初セッションをした後の、感想を求めたトムに対するヒッチコックとその妻のストレートで辛辣で・・・真摯な語り口に、筆者は身震いを覚えた。

 

詳細は書かないが、ひと言だけさわりを紹介すると、その時ヒッチコックは開口一番こう言うのだ。

 

「きみのブルースは新品の靴みたいなもんだ。すっかり磨きあげられてるが泥ひとつついてやしない。どこにも行ってやしないんだから、な」

 

さまざまな意味を含む、深い言葉だと思う。ジャズは、奏でる者自身が自分が何者かを語る音楽だからだ。

 

いくら流麗なテクニックがあっても、自分が何者かが語れていないとそれはインプロヴィゼーションにはならない。弾いているだけ、吹いているだけだ。

Sponsored Link Advertising  

 

魂から生まれる音で触れ合い語り合う・・・それがジャズだ

 

トムはこういう彼らの直截な助言苦言に向き合い、受け止め、限りなく凹みながらも諦めない強靭な熱い心を持っていた。

 

そんなトムを黒人たちが次第に受け入れてゆくさまも、ジャズと向き合うことに人生の多くの時間を費やしたヘントフならではの、極めてリアリティある筆致で綴られており、読み応えが生半可ではない。

 

トムの最終的な選択は何だったのか。

彼はジャズの国の住民になれたのか。

この物語の結末は無論、ここでは記さない。興味がある諸兄には、ぜひ読まれることをお勧めする。

 

この小説は青春小説でもあり、ひとりの人間が様々な価値観や世界観に触れて成長するさまを描くいわゆる教養小説でもあり、言うまでもなく上質なる音楽小説でありジャズ小説なのだ。

Sponsored Link Advertising  

 

ジャズに限らず音楽を愛する者にとって深みのある必読の書

 

この小説の底流に横たわるのは、ジャズの体得を通して、もはや音楽的な次元すら超えて、魂を解放する「ジャズな生き方とは何か」を描こうとするナット・ヘントフの情熱だ。

 

ジャズに造詣が深いタモリは、以前こう言った。

「ジャズっていう音楽があるんじゃない、ジャズな人がいるだけだ」

 

これは「ジャズ・カントリー」のメッセージに深く通じる至言だ。

 

筆者のブログタイトル「或る物書きの英語喉と小説まみれのジャズな日々」も、実はこの小説「ジャズ・カントリー」のメッセージに触発され、ジャズな生き方を求める気持ちから生まれたものだ。

 

ナット・ヘントフはジャズや他の分野も含むライターとして以外にも、社会運動や合衆国憲法修正第1条(言論の自由等)の擁護に貢献し、2017年1月7日に逝去した。享年91歳であった。

 

最後を看取った子息によればヘントフは、家族に囲まれ、ビリー・ホリデイの歌に耳を傾けながら・・・安祥として逝ったという。