或る物書きの英語喉と小説まみれのジャズな日々

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『愛こそはすべて』ビートルズ世界同時中継ライブ秘話を描いたブログ小説

 

ビートルズの全世界に衛星同時生中継された『All You Need IS Love』のレコーディングセッションは、今や伝説と化している。この一件に関して、色々な人が様々な証言をしている。その中で矛盾するものも多数存在する。この短編小説は、筆者が知り得た情報を基に、この一大イベントを小説として描いてみたものだ。

 

ビートルズ画像

https://yaeyamapepper.ti-da.net/e2594338.html

 読み切りオリジナル短編小説

『愛こそはすべて』 by MASA

              

ふふふ・・・この話には、あの手がつけられない坊やたち・・・リバプールの悪ガキたちも、さぞびっくりするだろうて・・・

 

ブライアン・エプスタインは含み笑いを止める術を見つけることができず、ニヤけた顔のままアビイロード・スタジオに向かって歩いていた。

 

初夏のロンドンは、一年の多くの時間を支配する、ともすれば陰鬱とした雰囲気も和らいでおり、スタジオの前の横断歩道を渡る時にジョージ王朝風の建物であるスタジオの白亜の壁が陽光に照らされて煌めいていた。

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その時期、リバプールの悪ガキたち・・・彼がマネジメントを務めている革命的音楽集団、ビートルズの四人はアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリーハーツ・クラブバンド』の録音の真っ只中だった。

 

ブライアンは建物に入ると、いくつかある中で彼らが使用しているスタジオの前に進み、重いドアを開けて悠々と中に入っていった。

 

ビートルズの四人とスタッフたちが、おや?と振り返ったのを確認し、胸中の興奮で上気した赤ら顔も気にせず、両手を低く掲げて私語を制するような仕草を見せながら、全員を誇らしげに見渡した。

 

皆が、これは何か重大発表があるということぐらいは感じた。やがて満を持してブライアンは口火を切った。

 

「坊やたち!今日はとんでもなく素晴らしいニュースを持ってきたんだぜ」

 

注目を集めていることを意識して、少しの間だけ間を置いてから続けた。

「衛星中継で全世界に、全世界にだぜ・・・坊やたちの演奏、それもレコーディング風景をテレビで全世界同時生中継で放送するんだよ!」

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ブライアンは、予想していた一瞬の静寂を、まず感じた。

想定内だ。そして、次の瞬間に地面から湧き出ずるようなどよめきが・・・

 

ん?

どよめきが起こらない・・・なぜだ?ブライアンはメンバー四人の顔を一人ひとり確認してみた。

 

ジョージはギターのチューニングの途中だったらしく、もはやブライアンに見向きもせず、5弦5フレットと4弦7フレットのハーモニクスを順に鳴らした。周波数の高い二つの倍音が、アンプを通してスタジオ内に無機的に響き、最初は微妙に不協和だったがジョージが4弦用のペグを調節して協和させた。

 

ピアノの前に座っていたポールは、先ほどブライアンに向けていた視線も今は鍵盤の上の譜面に戻し、アルバムのタイトル曲の推敲作業に戻っていた。リンゴはソファでスタッフ、エンジニアのジェフとのチェスゲームに没頭している様子だ。

 

ジョンは・・・ジョンだけがギターを抱えたままブライアンの方を向いて、思案げにこう言った。

「・・・わかった。少し考えてみる」

 

ブライアン・エプスタインは唯一相手をしてくれたジョン・レノンに、皆の薄過ぎる反応に関しての激しい不満をぶちまけた。この話をまとめるためにいかに自分が苦労したのかと縷々語ったのだ。

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ひとしきりブライアンに言わせてから、ジョンは達観した面持ちで言った。

「僕たちに先に相談しないからさ・・・それはしょうがないだろう?」

 

ブライアンはそれを聞いて情けなくなり、泣き顔を呈した。しかし、ジョンが言ったことは理にかなっているのだ。ビートルズは二度とステージに立たないと、宣言していた。

 

それをブライアンがひとり「チャンス」だから当然OKだろうと解釈し、相談なしに話を進めて既成事実とした。彼ら四人にとっては、チャンス以前に約束の反故以外のなにものでもない。だからジョンを除く三人は無視を決め込んだのだ。

 

ブライアン・エプスタインは一世一代の仕事をして意気揚々と入ったアビイロード・スタジオから、ひどく落ち込み、途方に暮れて出ていった。

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しかしその後のスタジオの中で、ブライアンの話の進め方自体は悪かったが彼ら四人それぞれにとって決して悪い話ではなく、じゃぁ特例として出てやるかぁ・・・といった暗黙の了解を思わせる空気が漂っていたのをスタッフたちは感じた。

 

その時リンゴ・スターとチェスゲームをしていたジェフ・エメリックは、その夜ブライアンに電話で、彼らのそういう様子を伝えて安心させた。

 

放送日は1967年6月25日の『Our World』という名の番組でおこなわれるのも決まっていた。しかし、中継の日が刻々と近づいてきているのにも関わらず、四人はマイペースであり、一向に生中継のための演奏の準備をしていなかった。

 

放送日の半月ほど前に、ポールがジョンにこんなことを言った。

「テレビ中継用の曲はもうできたのかい?あと半月だぜ」

ジョンは少し驚いた顔で「え?そんなに近いのか・・・じゃ、何か作るよ」と淡々と応えた。

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なんと数日後、ジョンは出来上がったばかりの『All You Need Is Love』をスタジオに持ち込んだ。そして練習が始まり、当日の本番はアビイロード・スタジオのスタジオ1から中継されることも決定した。

 

後に「5人めのビートルズ」と謳われる、音楽プロデューサーであるジョージ・マーティンの心配は、曲が・・・ジョンが得意とする4拍子と3拍子が組み合わされたいわゆる変拍子の楽曲だということだった。

 

演奏難度が高く、さすがにぶっつけ本番は厳しいと判断したジョージ・マーティンは、練習の合間に彼らに提案した。

「あらかじめ伴奏もコーラスもボーカルも、全ての音を収録しておき、本番はリップ・シンク(lip sync=唇を同期させると言う意味で、くちパクのこと)でいかないか?」

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なにせ全世界同時生中継である。万に一つでも無様な失敗をしたら、これまで築き上げたビートルズ神話が地に落ちかねない。決して非常識な判断ではなかっただろう。実際に、当時のテレビショー事情では、ジャズ演奏は別として、ロックバンドやシンガーのリップ・シンクは当たり前だった。

 

ジョンはにこやかに言った。

「僕のリードボーカルだけでも、生で歌わせてくれないか?そんな最高な場で歌わない手はない」

それを横で聞いていたポールは、やや不服そうに唇を尖らせて言う。

「それなら、僕のベースプレイも生で弾くよ」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ」ジョージ・マーティンは焦って言った。

「全世界の何百万という視聴者の前で・・・もし、音を外したらどうするんだ!?」

「外さないさ」とジョン。

「大丈夫だよ」とポール。

 

さらにポールは言う。

「ドラムスはさすがにリズムの要だから、録音した音をオンにして放送するべきだけど、ギターソロは・・・ジョージ弾けるんじゃないか?」

少しジョージをからかう雰囲気も漂っていた。

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ここ数年の彼ら二人の不仲は、周知の事実だった。何なら本番でジョージに恥をかかせてやろうというような、ポールの意地悪な気持ちから出た発言かも知れない。

 

ジョージ・マーティンは頭を抱え、他の全員がジョージ・ハリスンの方を見た。

ジョージ・ハリスンは目を閉じていたが、ゆっくりと瞑想から戻ったように澄んだ目を開き、微笑みとともにこう言った。

「僕も生で弾くさ」

 

 

かくして1967年6月25日、ロックミュージック史上初の全世界同時生中継の本番は訪れた。

 

バックコーラスとして応援に駆けつけたのはジョージ・ハリスンの妻パティと友人エリック・クラプトン、ポールの恋人ジェーンと弟マイク・マッカートニー、ローリングストーンズのミック・ジャガー、キース・リチャード、ザ・フーのキース・ムーン、CSN&Yのグラハム・ナッシュ夫妻などの豪華な顔ぶれだった。

 

フランス国歌『ラ・マルセイエーズ』がブラスセクションによって奏でられるイントロで、曲は始まった。そこにリンゴ・スターのドラム・ロールが乗っかり、ハープシコードの和音弾きが加わって徐々に音に厚みが増してゆく。

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ジョンの優しくて力強い、穏やかなボーカルが入る。

「There‘s nothing you can do that can't be done. Nothing you can sing that can't be sung..... 」

 

艶やかな声でジョンは歌い上げる。 ジョンらしい言葉遊びも入っており、日本人にとっては「君にできることは何もない」などと誤訳しがちな表現だ。

でもシンプルに考えればいい。

君にとって、できないことなんてないのさ

歌えない歌なんてないのさ・・・

 

コーラスが入ると音はどんどん重厚になり、盛り上がっていった。

 

 

ジョージのギターによる短いソロパートに差し掛かると、モニタールームにいたジョージ・マーティンに緊張が走った。しかし心配とは裏腹に、渋く、タメの効いた短いソロをジョージ・ハリスンは弾きこなした。

 

やがて大団円とも言える、「Love is all you need!」を繰り返すエンディング部分では、豪華な面々が大合唱する中、ミックやキースはサンドイッチマンの格好をして歩き回り、陽気に場を盛り上げる。

 

オーケストラはバッハの『ブランデンブルク協奏曲』やイングランド民謡『グリーン・スリーブス』はたまたグレン・ミラーの『イン・ザ・ムード』を奏で、ポールははしゃいでビートルズの持ち歌『シー・ラヴズ・ユー』や『イエスタデイ』のメロディを歌った。

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演奏が無事終わり、同意時中継も大成功したのを見届け、プロデューサーのジョージ・マーティンはモニタールームにいるスタッフに声を掛けた。

「ご苦労様、みんな・・・さ、乾杯だ!冷蔵庫からありったけのシャンパンを持ってきてくれ」

 

一方、この企画を告げた時は、あまりの無反応に腹わたが煮え繰り返ったブライアン・エプスタインであったが、この時ばかりはモニターに観入り・・・泣いていた。

 

あのリバプールの悪ガキだった坊やたちが・・・このおよそ4分間、世界中のロックファン、ポップスファン・・・いや、音楽ファンの心を、音楽という「愛」でしっかりと繋いだのは間違いなかった。

 

しかしこの時すでに四人の心も、それぞれがやりたいこともバラバラだった。

辛うじて音楽活動を続けられたのは、バンドで音楽を作り出すという他では味わえない快感のおかげだった。

 

しかしそれも、個々の「我」が強くなり過ぎて、次第に制御不能に陥ってゆくことになる。アルバム『Let It Be』の収録と同時進行で撮影が行われた同名映画を観れば、彼らがすでに臨界点を超えていたことは、誰の目にも明らかだ。

 

そして彼ら自身もそれを自覚し、最後にもう一度だけ、まともに最高の音楽を作り出して終わろう、というポールの呼びかけによって、ふたたびアビイ・ロードスタジオにて生み出されたのが歴史的名盤『アビイ・ロード』だった。

 

彼らが生んだものは「思想」でも「哲学」でもなかった。ただただ「音楽」に籠められた大いなる「愛」、それがすべてであった。

 

 

 

 

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